2023.12.05
大手アパレル会社からの依頼で婦人靴を製造する「ロンタム」。靴の産地である長田区で本社・工場を構え、工場もオフィスも整い職場環境のよさがうかがえる。代表の神農英道(しんのう ひでみち)さんは「まだまだこれから」と話すが、働く人に大きな役割や決定権を持たせていく経営方針も若手育成を見据えてのこと。2020年の社長就任後、取引先から信頼を得て築いてきたその確かな実績はどのようにして生まれたのだろうか。業界復興の糸口にもなりえる、大手アパレルとのオーダーメイドシューズ事業についてもお話を伺った。
デザイナーやプランナーのイメージ通りの靴を製造すること
編集部:神農さんの靴づくりに関わる経緯を教えてください。
父が創業したロンタムに16歳で入社して、まずは製造工場で下積み、その後、企画の勉強もしました。20歳のときにイタリアのアルス国際製靴学校で研修を受けて、戻ってきてからは営業企画の仕事を担当。そして、2020年に兄からバトンを受け取って社長に就任しました。当時、主要取引先だった問屋さんが廃業し、そこにコロナ禍が重なって苦しい時期でしたね。父の助言もあってコロナ関係の助成金は活用せず、従業員には通常どおり稼働してもらって、アパレルブランドから入ってくるサンプルの製作などをしてました。その判断のおかげでお客様からどんなときでも頼ってもらえる会社だと認知していただけたと思います。そういった取引先との関係に支えられて、どうにか苦境を乗り越えることができました。商談など経営の部分は今のところ僕が担当していますが、それ以外は僕がいなくても会社がまわっていく体制を整えています。がんばってくれているスタッフには感謝しかありませんね。ただ、引き継ぐことが難しいのはアパレルブランドなどからくるOEMのオーダーについてです。靴のイメージが先方のデザイナーやプランナーから、言葉やイラストで届いて、それを元にサンプルを制作しますが、イメージを形にすることは本当に難しい。そこは経験値が活きてくる部分で、腕の見せどころ。ロンタムの一番の強みでもあり、靴づくりの肝になる部分です。
60万通りから選ぶ、自分だけのオーダーメイドシューズ
編集部:今、イチオシの靴について教えてください。
素材・カラー・ヒールなど60万通りの組み合わせから選んでつくれるオーダーメイドシューズ「KASHIYAMA WOMEN’S SHOES」です。株式会社オンワードホールディングス(以下、オンワード)さんとの共同事業で、ロンタムでOEMをおこなっています。設備とシステムの導入含めて準備期間が2年ほどで、提供を開始したのが2020年。オーダーで自分がほしい靴を手に入れていただけるだけではなく、納期も特徴です。基本的にオーダーからお客様の手元に1週間で届くようにしていてお客様の“今ほしい”という気持ちに応えています。セミオーダーでこのスピードは一般的にはありえなくて、その仕組みづくりに時間と費用がかかりました。ほかの靴は長田エリアで分業している仕事もありますが、この靴に関してはすべて内製化しています。バーコードを読み取ると個々の受注に合わせて材料を切り取る自動裁断機や、ドイツのパフ社の性能が高いミシンも導入し、スピードだけではなく、ミシン目ひとつ取ってもハイクオリティなものづくりを目指す、本気の事業です。靴業界はこれまで展示会をひらき、注文をもらって、という受注の流れでしたが、これからの時代はもっと挑戦していくことが必要だと感じています。
5年後、10年後の姿を思い浮かべて
編集部:神戸の靴づくりの今後、どう感じてますか?
今はこの長田が靴の産地として成立する、最後のチャンスだと思います。これまで、メーカーや卸問屋の要望を受けて、安く早く靴をつくるという慣習がありました。それは、結果的に自分たちの首を締めていて。その影響で下請けの加工場さんやミシン縫製工さんにもきつい状況を生み出していたと思います。この流れを変えないと、製造を支える人たちとともに業界自体もなくなってしまいます。僕らに何ができるかと考えると、ひとつは年間生産スケジュールをアパレル会社さんに出してもらうこと。2ヵ月先の生産数も見えづらい業界なので、より見通しを立たせることで協力会社の仕事を守っていく。その仕組みづくりも僕の仕事だと思っています。父にはよく「協力会社への費用は絶対に値切るな。自分たちのもうけを増やさずに余分に払え」と言われてきました。僕らがいい靴づくりを続けるために、協力会社の仕事を守って、協力会社の方々は品質を上げて、お客様からは信用が得られる。そうした相乗効果を目指しています。今後の目標は、業界未経験の若い人を数名採用すること。10年経てば、僕も50台後半。身内に後継ぎがいるわけではないので、僕がいなくなったときのための土台づくりは今からじゃないと間に合わない。会社の軸になっている従業員と一緒に、5年、10年かけて次世代を育てていきます。