2023.12.06
「上質な普段履き」をテーマに靴を仕立てる工房「Yusuke Omori ordershoes maker」。代表の大森勇輔さんはドイツの整形靴マイスターに師事した後、2007年に地元神戸で独立。解剖学や整形外科学の知識に基づいてつくられるフルオーダーのビスポークラインは足にやさしく、ミニマルな作風。カジュアルオーダーの「クスノキシューズ」はソフトな履き心地で価格が抑えられている。オーダー靴をより気軽なものにするべく、活動を続ける大森さんの工房を訪ねた。
シンプルなデザインに際立つ良質感
編集部:フルオーダーとカジュアルオーダー、それぞれの靴の特徴を教えてください。
フルオーダーのブランド名は「Acoustikka Bespoke」。「Acoustikka」はアコースティックという言葉にフィンランド語の味付けをした造語です。楽器のアンプを通さない原音の自然でやわらかい響きをイメージしました。革靴って硬くて足を痛めるイメージがあると思いますが、素材を選んでちゃんとつくってあげれば初めから楽に履けるものです。過剰に装飾はせず、履き心地と見た目を大事にしながらお客様専用の木型とオリジナルのデザインで仕立てています。開業当初はフルオーダーだけで、お客様の家を訪問して採寸などしていました。次第に同世代の方や、金銭感覚や感性が近い方にも革靴を届けたいと思うようになって「クスノキシューズ」を始めました。フルオーダーの価格と納期は15~20万円で半年ほど、カジュアルオーダーは2万5千円前後で2ヵ月半ほど。クスノキシューズは不要な芯地や縫い目を省いて一枚革で仕立てているので、ソフトで軽い履き心地。靴底を張り替えれば一生使える靴です。素材についてはブランド名や産地にとらわれず、良質な天然皮革を選ぶようにしています。デザインについては、10年、20年経っても流行に左右されないような普遍的なデザインを心がけています。
ナチュラルでかろやかなカジュアルシューズ
編集部:今、イチオシの商品を教えてください。
セカンドラインの「クスノキシューズ」です。男女問わず履いてもらえるカジュアルシューズで、モデルは15種類ほどあります。こちらはクラシカルなヨーロッパ風の木型を使ったラウンドトゥ(つま先のラインが丸い)ラインで「白川」というモデル名。このシリーズは「北山」や「伏見」など京都の町の名前を用いています。ドイツでは地名をモデル名にしているアパレルやシューズのブランドが割とあるとマイスターから聞いて、僕もそうしようと。オブリークトゥ(つま先のラインが丸くて足の形に沿う)ラインは神戸、3cmヒールのラインは東京の地名を使っています。親しみのある名前が付いていると履く人も愛着が湧きますし、会話するうえでも区別がしやすいです。ラウンドトゥのモデルは気持ち細めでちょっとエレガント。ジャケット&パンツスタイルにも合います。どのモデルをつくる上でも共通しているのは、気楽に使ってほしいという思いですね。そこまでお手入れの必要もありませんし、履き慣らしの期間もないのでどんどん履いてもらいたいです。
一生履ける靴で、一生の思い出を
編集部:オーダーを受ける際に大切にしていることはありますか?
オーダーを受けるときは、足のお悩みを聞くところから始めます。1日や1週間という単位でどんな生活をされていて、どんな場所で靴を履かれているかも伺います。例えば休日しか履かない靴を仕立てるなら、履く人のファッションのテイストに合わせたり、夫婦で並んで歩くならパートナーの意向も汲み取ったり。季節によらず、1年を通じて使えるようなデザインや配色も意識しています。大切な人にサプライズで贈られる方もいるので、その場合はお渡しする相手の情報を丁寧に聞き出します。以前、社会人になったばかりの息子さんからのご依頼で、今までの感謝を込めてお母さんにオーダー靴をつくる機会がありました。アルバイトで貯めた15万円のお金は息子さんにとって大きいお金で、依頼があった段階で僕は泣きそうになって。息子さんが靴を注文するていでお母さんに同伴いただいて「せっかくの機会ですし、足の採寸しておきましょうか?」と。仕立てた靴をご一緒に取りに来られたときに「実はお母さんの靴でした」と息子さんが手渡されて、お母さんは泣いてよろこんでいましたね。夫婦の記念日や結納返しなど、人生の節目に一生履ける靴をつくれることは光栄です。思い出としてもずっと残りますしね。