2023.11.21
1980年創業の婦人靴メーカー「エレーヌ」。外反母趾など足の悩みを持つ女性向けのコンフォートシューズを主に製造・販売している。代表の時見弘さんは、日本ケミカルシューズ工業組合の副理事長としても神戸の靴産業を牽引する存在だ。オリジナルブランド「時見の靴」のロングセラー商品や神戸での靴づくりの歴史について、長田区にある本社を訪ねてお話を伺った。
靴のまち、長田のこれから
編集部:時見さんの靴づくりに関わる経緯を教えてください。
創業者の父はずっと自営業で、最初(戦後)に飴製造、それから喫茶店などを経営したあと、靴屋を始めました。今いるこの展示室は雀荘だったんです。僕は東京の小さな靴メーカーでアルバイトをしながら靴学院に通い、長田の靴メーカーで修行して、父の会社のエレーヌに入りました。阪神・淡路大震災で取引先の問屋さんが倒産して、多額の負債を抱えたこともあったけど、父から会社を継いだ兄と二人三脚でどうにか盛り返したんです。とはいえ、海外生産の勢いが強く、長田の靴づくりに関わる会社がどんどん減っていく状況は変わっていません。このままではダメだということで、合皮から革の靴づくりに事業転換していきました。2010年に始めたのがオリジナルブランド「時見の靴」。兄から代表のバトンを受け取って、日本人に多い外反母趾の方が楽に履ける靴を届けるために立ち上げました。カタログを出して通販も始めたことによって、OEMとは別の動きができたことが事業をつづけるための資産になっています。震災前は国産のケミカルシューズ(*1)の7割を長田のメーカーが生産していましたが、今はケミカルと革がうまく共存していることもこの地域の特徴のひとつですね。
*1 ケミカルシューズ | 主に塩化ビニールなどの合成樹脂を使用した合皮で作った靴。
日本人の足に寄りそうコンフォートシューズ
編集部:今、イチオシの靴について教えてください。
「Mode Tokimi ラム革コンフォートシューズ」は、くらしと生協さん向けに製造している靴で、こちらはローファータイプのもの。アッパーはラム革を使用していて、なめらかな質感と足当たりのやわらかさが特徴です。中敷き全面にクッションを敷いていて、土踏まずの部分をアーチ状にすることで足裏にフィットするようにしています。さらに、つま先には低反発ウレタン、かかとにブレ防止半カップインソール、中足骨には負担軽減のパッドを入れるなどの工夫をしていて、足をしっかりサポートする一足です。自分に合った靴を探している皆さんに一番お伝えしたいことは“足長・足囲・足幅を測る”ということ。靴のサイズは足長(かかとから足の一番長い指先までの長さ)をもとに選ぶのが一般的ですよね。ですが、靴選びにおいて重要なのは靴のサイズではなくて足のサイズなんです。足囲(足の親指と小指の付け根をぐるりと囲った長さ)や足幅(上から見て一番広い足の横幅)も測って適切な靴を選ばないと、靴ずれやヒールが折れることにつながります。エレーヌにはシューフィッターがいて、お電話などでサイズの相談も受けられますので、ぜひ活用してもらえればうれしいです。
くつの産地として次の時代へ
編集部:長田の靴づくりはこれからどうなると思いますか?
僕も所属する日本ケミカルシューズ工業組合では、加盟する企業が連携して、メイド・イン・ジャパンにこだわった質の高い靴を生み出し続けています。平成26年3月には、地域団体商標として「神戸シューズ」が登録されました。合皮などのケミカル素材にこだわらず、神戸ならではのファッション性と機能性が特徴。「京都の着だおれ」や「大阪の食いだおれ」と並んで「神戸の履きだおれ」とも呼ばれた靴のまちには、長年培ってきた技術力があります。エレーヌが「時見の靴」を独自のブランドとして打ち出していったように、日用品ではなく嗜好品としての靴を生み出して残していくことがこれから大切ではないかなと考えています。それと、日本人が履く靴は日本でつくることに意味がある。僕はそう思いますね。機械化されていく部分は増えているけど、それでも手仕事がまだまだ欠かせないのが靴づくり。日本人の足の形を理解している会社や職人がいるからこそ、長く履いてもらえる靴がつくれるんです。